ロケLOG

大学生のロケットマンによるブログ

世の中の正しいとは

「誰かのためにと考えること」

それが人類がここまで生き残ってきた、結果である。

 

だがこれは正しいことなのか。

ぼくは違うと思うのだ。たしかに他人のために思って生きるということは良いことだと思うし、なんとなく正しいと思う。

 

しかし、一つ疑問が浮かぶ。なぜ他人のことを考えられなくなる人が現れるかということだ。

もしも誰かのためにと考えた人類が繁栄してきたのなら、自分のことしか考えられなくなるのはおかしな話である。

 

なんというか僕たちが生きている意味を否定しているのではないか。なぜならば、それは正しいことではないからである。

そんなものは進化の過程でなくなる感情ではないのか。

 

だが残っている。

ぼくはここに矛盾があると思うのだ。

 

「誰かのためにと考えることが正しい」

しかし

「自分のことしか考えられない人もいる」

 

あるはずのないものがあるのだ。

だから、自己中というものは悪いことでは無く、何かしら意味のあるものなのである。

 

僕はその理由について個の繁栄であると思っている。

どういうことかというと、

種の繁栄というか人類がここまで生き残ってきたのは

「誰かのために」と考えたことが大きい。

 

しかし僕が個として、ここまで生き残っている証拠としては薄い。

なぜならな祖先が「だれかのために~~」とかいって死んでいったことが子供を産むまでないということであるからである。

子供を産むまでそう考えないということは、ないんじゃないかと思う。

 

なので、人間の本性として「自分のために」という超自己中てきなものがるのではないかと思う。

 

しかし、それは無意識の中にあり、表には出てこない。なぜならば、そうインプットすることにより、人類は「誰かのために」と考え他人と協力してきたからである。

 

そう無意識の中に超自己中的なものがある。

 

だから

「他人のために」

「自分のために」

と対極にある、2つの考え方があるため、人間はよくわからず悩むのではないか。

 

そして「他人のために」ということは正しいが

無意識の中に「自分のために」という正しさもあるのではないか。