地球を宇宙一の惑星にする大学生

地球が宇宙一の惑星になるためのブログ

占いだとか神だとか信じるものに加護はあるが私は信じないので何もいらない

占いは絶対に信じない。

それは子供のころからである。

「~~すると良いことがおこるかも!」みたいなことを朝からテレビで見て、信じないと思っていた。それには証拠がないからである。「なんで」の部分が占いには欠如してるのだ。

 

そして、物理や数学を少し習った時に、やはり占いはなんの意味もないことだと思った。誕生日占い。星座占い。その裏になんの根拠もないのだ。

 

だから占いを信じる人たちは、世の中の物理法則などを知らないからそんなものを信じれると思っていた。

 

ただ、占いを信じて幸せそうで、楽しそうな人を見るとなんだか悲しくなってくる。みんなまちがっているのに幸せになるのはどうかと思うのだ。

神を信じる者は救われるみたいなものだ。

心理学的効果だ。思い込みは素晴らしいみたいなものだ。

プラシーボ効果とかいうやつだ。

 

神については違うのかもしれない。

神を作った理由は人間が幸せに生きるためだと思う。人間は生きる目的を見失い不幸になるのだ。心を閉ざすことでも不幸になる。

ただ、神がいれば解決するのだ。

神は生きる目的を指示してくれる。そして人々に共通の信じるものを与えることにより、他人を理解できるようになって心を開くようになるのだ。

 

とか思って神は作られたのであろう。けれども神は所詮人間の考えたものであり、欠陥があるのだ。それは様々な神が創造され、信じるものが一つでなくなったり、神を信じないものがいたり。

 

生きる意味について、神頼みはいかがなものか。それは自分の人生で考えるものだろう。神にたくすということは何か大切なものを失っているのではないか。

 

神を信じる者は思考停止している。彼らは考えていないのだ。ただ幸せになったふりをしているのだ。

それは幸福な人のものまねをしているだけである。

「幸せとは?」という問いを考えなければならない。

 

占いは占いでもしっかりと人間の心理を読み解いた正しいものもある。その部分を理解することにより、ただ信じる人よりは幸せになれるのではないかと思う