ロケLOG

大学生のロケットマンによるブログ

勉強と読書と斎藤孝と学問のすゝめ

私は何のために勉強しているのか。

勉強の成績が悪くモチベーションが上がらないとき、そんな考え方をしてしまう。

 

「嫌われる勇気」を2年ほど前に読んで「目的論」にはまっている。つまり勉強ができないのは、勉強したくないからである。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

そう勉強したくのだ。

 

だがしかし不安なのだ。勉強して、きちんと大学を卒業しないと、何かやばいんじゃないかという強迫感がある。

 

だから、この僕を勉強するように改造しなければならない。

勉強したくない。

それはつまり、勉強する意味や得られる価値がわかっていないからである。あるいは価値は知っているが、負けることへの恐怖心がどこかへそっと、その気持ちをしまっているのかもしれない。

 

そんな自分を改造するべく、「 NHK「100分de名著」ブックス 福沢諭吉 学問のすゝめ  」という本を借りた。

NHK「100分de名著」ブックス 福沢諭吉 学問のすゝめ NHK「100分de名著」ブックス

普通の学問のすゝめを借りようとしたのだが、言葉が意味不明過ぎてやめた。古くていまいち、読めないのだ。古文勉強していなかったし。

 ということでこの解説本を借りてみた。(口語訳もあるそうです。しかも斎藤孝さんの訳です)

著者は斎藤孝さんというテレビで見かけたことのあるかたで、それで面白そうだなとも思った。

 

学問を勧めているのだから、勉強にとてつもないメリットがあるんじゃないかと思った。

それがわかれば、僕は自動的に勉強するということさ。

 

いざ読んでみると、勉強する意味についてしっくりくるものはなかった。

むしろ、やる意味があるのかさらに疑問が深まった。

 

「学問のすゝめ」は国語でやる人が多いそうなのだが、僕はやらなかった。だから内容は知らなかったのだ。そこについて恥ずかしいとか全く思はないし。

内容知らないの?とか言われても、

「うるせぇだまれカス」としか思わない。

 

学問のすゝめはこのように始まる。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言う

誰しも「学問のすゝめ」とは知らずに聞いたことはあるのではないだろうか。僕は言葉はなんとなく聞いたことがあったが、この本に書いてあるとは知らなかった。

 

ようは人間みんな平等ということである。しかし、導入で平等とかいっておきながら、ここから勉強したほうが良いと、ごにょごにょ言っているのだ。

勉強しないものは愚か者的なことも書いてあった気がする。

 

平等だけど、勉強したら君はリードできるみたいで、矛盾してね?と思いよくわからなかった。

 

なんか、「学問のすゝめ」の著者、福沢諭吉の父は勉強家だったのにも関わらず、身分制度のせいで、出世できなかったみたいだ。それの「敵討ち」で、勉強は「正しい」みたいに書いているようにも思えた。

 

まぁそんな感じだった。

 

でも、そのあとに借りた本が僕的に何かわかったことがあった。

その本は「読書力」という本で先ほどの斎藤孝さんの本である。

 

読書力 (岩波新書)

最近、「こんな僕でも」的な本を読んで、著者が全て東京大学で「あ、東京大学だからだね」と思うことがよくある。

 

「読書力」の著者、斎藤孝さんは東京大学出身である。

 

この本は勉強をする意味について、僕は心に突っかかるものがあった。

先ほどの「学問のすゝめ」は勉強をすべき

こちらの「読書力」読書をすべきという本である。

 

本っていうのは僕は全くと言ってよいほど読まなかった。けれど、最近面白さに気づいた。

本を読めば、知らなかったことがたくさん知れる。そして、自分がレベルアップした気がするのだ。あくまでも気がするだけである。ただ、それが自信とかいうものに繋がるのではとか思ったりもする。

さらに「知識って結構大切なんじゃね?」って思うようになった。

 

知識がないと、考えることができないor同じことしか考えれない。そうすると脳は暇になってしまう。

知識があると考えることができるのだ。考えることができることって、楽しいことである。それは多分右脳が働いて、人間の構造的に楽しいと感じるのだと思う。

 

とか思うと脳とか生物学の本とかってすごく面白いんじゃないかと思う。とかって感じで読みたい本(楽しみ)が増えるのも読書の良い点である。ちなみに生物学の教科書をちらみしてみたが、ものすごくつまらなさそうだった。

かわりにこんな本とか面白そうだと思った。

「つながり」の進化生物学

 

結局、勉強するのは読書と一緒で、いろいろ知れて、考える楽しさが増えるからではないかと思う。