ロケLOG

大学生のロケットマンによるブログ

大学教育の意味は一般教養を得ること、ふざけんなうんこ

こんにちは大学生のうんこマンだ。

硬いうんち・便のキャラクター

 

何のために大学生は何のために勉強しているのか?

 

そんな疑問を持ったことはないか?

僕は何度もある。

 

そして必死に考えたが、そこで出た結論は

大学で勉強しないとしたら何すんねん?

という結論に至った。やりたいこともないので的なメルヘンチックな理由である。

そうなると、とりあえず良い会社に就職するためという目的に変わる。

 

ただ、

 

大学で勉強しても意味なくね?

と思う。

 

それは大学で学んだことは実践ではなく、理論だけだからだ。

僕は理論のみを学ぶ教育について、就職しても仕事なんにもできないじゃんと思う。

 

つまり就職するために大学に行っているのに、大学では仕事について全く学べないということだ。

 

 

なら、

なんのために勉強してんのサー!

エイサー・ホイサー・エイサッサ

 

となる。

そして、勉強への意欲も落ちる。

 

成績が落ちるとさらに大学で勉強する意味に疑問を感じ、負のスパイラルに陥る。

 

ぼくだ( ;∀;)

 

でも、そんな人たちは大学で勉強する意味が分かればいいのだ。

 

その一つの例として「大学の教育について」では一つの意味が書かれてていた。

大学の目的は、熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、有能で教養のある人間を育成することにあります。p12 

 

まじか。

つまり技術でなく一般教養を学ぶ場ということだ。それなら、あの意味のない教育に納得がいく。

 

では、

一般教育ってなんだよ!

ってのは書いてあった。

 

教育について与えられる知的訓練とそれによって刻み込まれた思考習慣とによってであります。p14

 つまり、大学で勉強する目的は思考習慣を得ることだ。

 

でも、

それって方法が目的になっているよね?

って思う。

 

一般教養(思考習慣)を得ることが目的なら、それを得てどうするか?みたいなのがないじゃん?

そんなもん自分で決めろってか?

 

(つд⊂)エーン

 

 

わかりまて~ン

 

でも大学が一般教養(思考習慣)を学ぶ場って、

将来の夢←(思考習慣)

(将来の夢)←思考習慣

となっている。

 

本来、将来の夢があり突き進むところをとりあえず思考習慣を得てからという風になっているのだ。

たしかに思考習慣は大切であると思うが、将来の夢を叶えるために思考習慣を磨こうという考えに至る人は少ないのではないかと思う。

 

モチベーションがなければ人は動かないものである。

つまり、大学の教育の目的が一般教養を得るというものは、目的として弱いのではないかと思う。

 

 

 

そもそも

思考習慣を得るために頑張るぞ!なんてやついねぇよ!!

 

では、みなさんなぜに大学で勉強しておるのだ?

 

教育の意味と仕事について考えるのは、もしかしたら仕事ができることでしか、自分の生きている価値を見出すことができない、悲しき心の持ち主だからかもしれない